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2006年05月31日

テレ朝に怒っ!

 サッカー日本代表のテストマッチです。放送開始は午前4:30でした。随分と遅い時間だなぁ、そう思っていました。とりあえず、見ておこうと思ってちょっと変則な睡眠時間にして4:20頃起きます。ネットのスポーツ系チャンネルをちょっと見ると、あれれれ、キックオフは3:30。前半は0-0という結果を知っちゃいました。ま、しょうがないかぁ。
 
 ところが、ここからがテレ朝の素敵なところです。録画とわかっちゃったからには、さっさと試合始めて欲しいのに、東京のスタジオつないだり、ニュースをはさんだり。試合が始まったのは、4:50頃でした。ところが、徹頭徹尾まるで生中継やっているかのような構成の仕方。僕のように時間を比較的自由に使える人間はともかく、4時台に早起きして見ようとしているサラリーマンやOLの皆さんは、30分近くムダで無意味な時間を過ごさなければならなかったはずです。
 
 ワールドカップ本番ではありません、あくまでもテストマッチです。平日の早朝です。なんでこんな馬鹿みたいな中継をやるのでしょうか。試合を見るために早朝に起き出そうとする人たちに本当に失礼です。そこまでして、生中継をやっているかのように放送するメリットがどこにあるのでしょうか。ハーフタイムにはスタジオ呼び出して、また馬鹿テンションの川平が騒いでいるのにつき合わされました。その時間帯、もう他局の朝のニュースでは結果を流していたようです。あげくの果てに、実況は角澤の馬鹿だし…。おやおや、本番のクロアチア戦もテレ朝です。参ったなぁ。
 
 試合そのものは見ていておもしろかったですね。前半は日本をなめきっていたドイツ。先制されて2点目取られて目の色変わったのが、手に取るようにわかりました。勝てなかったのは残念でしたが、盛り上がってきました。

2006年05月29日

さぁ、喰うぞ

 来月いわゆる法事があります。といっても、墓参りして飯喰ってのイベントですね。こんな時、結構人気があるのがバイキング。今回もどうやらバイキングみたいです。最近は、ビュフェなんて言葉を使う方が多いですね。何年か前に気が付いたというか教えていただいたのですが、ホテルでやっている和洋中華揃っているビュフェはとにかくお得なんです。ビュフェをやっているようなホテルでは、別にそれぞれ専門のレストランがあります。その専門のレストランが調理したものをビュフェ・レストランに運んでくる、というスタイルを採用している所が多いようです。つまり、まともに食べたら大枚持って行かれるようなそれぞれの料理を、安価でたらふく食べられるというわけです。ですから、初めての所で予約取るような時は必ず聞きます。「専用の厨房で作っているんですか」ってね。答えがNOならOKというわけです。
 
 そんなわけで、ホテルのビュフェは大好きです。で、僕のビュフェでの行動です。実は、初めてアメリカでこのスタイルのレストランで食事をした時、彼の国の皆さんは料理を取る時日本人とは全然違う行動を取っていることに気が付きました。何でもアメリカがいい、そんなことは露ほどにも思いませんが、彼らのやり方を取り入れた上で、アレンジしています。その結果、おいしく食べることができていると思います。大袈裟に言えば、料理を取る前に戦略を立てることです。肝心な方法は、正直こんな所で書きたくないというのが本音です。だって、みんなが同じこと始めたら僕のメリットなくなっちゃうもん。そのためには…てなわけで、今日はオシマイ。

2006年05月26日

MacBookくろ

 iBookとPowerBook12インチの後継として、MacBookがリリースされました。掃除機の紙パックを買いに行ったついでに新宿で実機を見てきましたが、これといって何かを思うということはありません。キーボードの造形がちょっと目新しいな、その程度でしょうか。これで、ついにPowerBookというモデル名が姿を消すことになりました。Powerという言葉がPowerPCを連想させるので、インテル機には相応しくないという判断だということは容易に想像が付きます。でも、PowerBookという名称はPowerPCを搭載する前から使っていたモデル名だし、残して欲しかったというのが正直な所でしょうか。
 
 コンピュータに限らず、長く親しまれてきたモデル名が捨てられることはよくあります。クルマの世界では多いですよね。恐らく、こっちが思っている以上にそのメーカー内では、販売戦略の会議などでもの凄い議論がされているはずです。モデル名やブランド名って、いわばそのメーカーそのものにも成りうるものですからね。Appleも簡単にPowerBookの名前を捨てたんじゃない、そう思うことにしておきます。

2006年05月25日

右手に箸

 TVを見ていたら有名なフレンチのシェフが、「フレンチを箸で食う奴見ると頭来る」みたいな話をしていました。ふふっ、僕は頭に来られちゃう人間です。「これはこうしましょう」みたいに決めつけられるのが嫌いな僕ですが、洋食だからナイフとフォークでとか、逆に和食だから箸でとか、どうでもいいことだと思ってます。もちろん、レストランとかそれ相応のマナーを要求される所では、大人しくしていますよ。別に不便を感じず美味しく食べれればいいんです、誰彼構わず喧嘩売る気はないですから。
 
 最近の一部のファミレスなんかでは、箸、ナイフ、フォーク、スプーンを全てバケットみたいのに入れてテーブルに出す所が結構あります。こんな環境になると、もう無茶苦茶です。ナイフとフォークで肉を切って、それを箸で食べるなんてまだマシ。右手に箸、左手にナイフなんてスタイルも平気でやっちゃいます。スパゲッティなんか、箸で焼きそばのごとく食うのが一番旨い食べ方だと、今や信じて疑いません。一方で、おでん。これ、ナイフとフォークで食べるとおいしくいただけるんです。ちょっと、猫舌気味なもんで、ナイフで切りながら食べるといいんですよね。てなわけで、家の中での僕のテーブルマナーはメチャクチャです。
 
 何年か前、アメリカのイベントに取材に行った時のことです。朝が早いので、ランチボックスみたいのを買って会場に入ってからプレスルームで食べることにしました。そのランチボックスを買ったコンビニに箸が置いてあった!ので、その箸で食べていたのです。その僕の食べ方を見ていた現地のコーディネーターがしみじみと言いました。「片手で食べられちゃう箸っていいよね。」この出来事があってから、僕の食事ツールの無茶苦茶さはエスカレートしたのです。

2006年05月19日

H.264のジレンマ

 QTVRを作っていると、いつもファイルサイズで悩みます。小さくできればそれに越したことはないのですが、ファイルサイズと見栄えはシンクロします。僕は、「見ている人がマウス操作をしていない時には一枚の写真としてのクオリティを持っているべき」という考えで作っています。そうすると、480×320pxのサイズで500kB近い大きさになってしまいます。仕方がないことではありますが、ファイルサイズを小さくすれば当然クオリティが落ちます。長辺が300px以下であるならば、もっと圧縮掛けることができるのですが、色々試してきましたがこの辺りが限界でしょう。コーディックの手段に関しても、シネパック、ソレンソン、photo-jpgなどを色々試して来ました。今は、よほどのことがない限りはphoto-jpgを使っています。
 
 さて、QuickTime7から新しいコーディックとして、H.264が搭載されました。国際標準化団体MPEG-4規格の一端として最新のビデオ会議規格で承認されたH.264は、HD-DVDやBlu-rayには欠かせない技術です。地上デジタル放送、ワンセグ放送でも採用が決定しています。そして、国際標準化団体の規格であるため、世界中の多くの企業が支持を表明しているそうです。H.264の特徴は、従来よりもずっと小さなファイルで明瞭でクリアな映像を見ることができるということ。しかも、従来のビデオコーデックよりも帯域もストレージコストも節約できるのです。H.264は、MPEG-2と同じ品質の映像を2分の1から3分の1のデータレートで配信するだけでなく、同じデータレートで最大4倍もの解像度を提供するわけです。要するにこのコーディックでQTVRを作れば、相当軽いものが作れることになるはずです。
 
 実はQuickTimeが7.1になるまで、QTVRではH.264が使えませんでした。てなわけで他人事みたいに見ていました。QuickTimeProキーがバージョン6のものが使えないし、まぁいいやって調子です。ところが、最近やたらとH.264ムービーが増えてきたのです。問題はQuickTime6ではH.264で作ったものは見れません。仕方がないから、無料のQuickTime7を鑑賞用として入れていました。で、必要に駆られた時にQuickTime6に戻してProプレイヤーを使うという寸法です。しかし、QTVRが7.1に対応したからには仕方ありません。Proキーを購入しました。
 
 僕の制作環境で撮影後リサイズせずに作ったQTVRは、photo-jpg圧縮で2MBを軽く越えます。これをH.264で圧縮すると、600KB台で作れます。これはいい。今そう思っているのですが、QuickTime7の普及率はどの程度かわかりません。QuickTime7で見てください、お願いを表示しなければならないわけです。そこでダウンロードしてくれる人がどれだけいるのか、ちょっと疑問です。H.264圧縮はいい、そう思っているのですが、まだまだ正式採用に踏み切れないのです。

2006年05月17日

2016年オリンピック

 東京都と福岡市が招致合戦を行っています。今夜、東京都議団が湾岸の施設候補地を視察したこと、福岡市が都内でプレゼンを行ったことがニュースで流されました。正直言って僕は東京にオリンピックが来ることは反対です。ここ何年かの様々な再開発を見ていると、ホントにそれが必要なものなのか、そうした疑問がまだまだあります。オリンピックが決まれば、それに便乗したさらなる再開発とやらが加速されるはずです。メイン会場を新たに建設するということです。あれだけ批判された箱物行政の面からみても、こんなことが許されていいものかと思いました。
 
 ずいぶん前に、八王子を中心とした多摩地区で行う、なんて案も聞こえてきました。しかし、結局、都心の半径10km以内で整備する方針のようです。もういい加減、なんでもかんでも都心でやるのは勘弁していただきたい。2002年のワールドカップでは東京都にある会場では試合がありませんでした。これは素晴らしいことだったと思っています。東京だけじゃない、それを世界にアピールするべきです。東京はもう静かになって欲しい。だから、オリンピックは福岡で、そう願っています。

2006年05月16日

アップグレード・バージョンだった?

 以前BootCampの話を書いた中で、WindowsXPのパッケージが高価すぎるという話を書きました。色んなパッケージがあってよくわからない部分もあるのですが、とにかくBootCampに使うパッケージならば、MacOSのパッケージが二つ買える価格です。市場を牛耳っているOSだし、なんでこんなに高いのか腑に落ちませんでした。

 ところが、今日ひょんなことからMacOSに関する事実を知りました。Macは1つの企業がハードウェアとソウトウェアの両方の設計・販売を手掛けています。これをエンド・ツー・エンド・モデルなどと呼ぶようです。つまり、新たにMacOSのパッケージを買おうという人の場合、すでにMacを持っているわけです。Macを持っているということは、当然MacOSのユーザーでもあるわけです。というわけで、MacOSのパッケージはすべてがアップグレード・バージョンであるというわけです。そんな理屈だから、MacOSのパッケージはWindowsの新規版よりも安いということのようです。で、Windowsのアップグレード版はどうなのか値段を調べてみましたが、やっぱし色々あってよくわからん。面倒なんで、もう止めときます。とりあえず、MacOSがすべてアップグレード版扱いだったということがわかっただけですが、だから何なんだとも思いながら、このエントリーはオシマイにします。

2006年05月15日

ドイツに行く23人

 監督としては、決してキャリアに優れた人ではないですから、これまでも不満は大いにありました。でも、今日の発表では何も驚くことはありませんでした。強いていえば、アントラーズなのに本山が落ちたくらいでしょうか。キリンカップの前後の発言を聞いていれば、まぁこうなることは予想できました。どうにも納得できないチーム編成でしたから、正直言って、キリンカップでは「こんなチーム負けちまえ」そんな感情も持ちましたが、もう決まってしまいました。切り替えて、しっかり応援することにします。
 
 ところで、落選した人間を取り囲むような取材は、あまり観たいものではありません。「残念でした」という言葉を聞いて何になる、そんな気分です。でも、中村俊輔が出したコメントには、ちょっぴり救われた思いがしました。「今回落ちた人もみんなこれまで代表のユニホームを着て頑張ってきたんだし、僕も4年前に代表落ちを経験しているので、そういう人たちの気持ちはよく分かっている。だから今回、選ばれた以上は一瞬でも気の抜けたプレーや、W杯の場にふさわしくないようなプレーは絶対にしないように気を引き締めて、選ばれなかった人たちのためにも頑張ろうと思う。」いやぁ彼も大人になりましたね。

2006年05月13日

これは問題でしょう

 この6月1日から施行される改正道路交通法。その中で、民間でも駐車違反、放置車両の取り締まりができるという項目。まったく、とんでもないことを考えついたものです。世の中には頭のいい馬鹿ってホントにいるんですね。まず、この制度ちょっと調べてみましたが、確実に警察庁や交通安全委員会が儲かるようにできています。「官がやっているものでも民間にできるものは委譲する」なんて、小泉政権の言葉を引用してまるで素晴らしき改革のごときに説明されていますが、実態が理解できた今となっては口あんぐりです。
 
 違法駐車対策以外にも、中型免許制度の導入や暴走族対策、運転中の携帯電話使用の罰則見直しなども行われます。でも、それらの中で、やはり違法駐車対策が気になります。さて、違法駐車を取り締まることができる駐車監視員ですが、これは資格を取る必要があります。逆に言えば、ライセンスを取れば誰でもできることになります。ここで、すでにいわゆるライセンスビジネスができるわけです。ライセンスビジネスとは、資格を何でもいいからでっち上げる。そうすれば、受験料収入などが見込まれる。公式テキストなどを制作して儲けることができます。できるだけ多くの人に取得したいと思わせたり、法律で縛ればしめたもの。想定問題集や参考書などで儲ける会社もでるわけです。そこにお墨付きやらを与えることで、管轄団体も潤うことができます。ちなみ僕はNTTコミュのドットコム・マスターなるものをかつて取得しましたが、ただの紙切れでした。何の役にもなりませんでした。自分が受けた時の受験者数や合格率のデータを見てあ然。まさにNTTコミュ、ボロ儲け。
 
 話を戻しましょう。団塊世代対策で退職後の警官に駐車監視員として働き場を与える制度だと、最初は思っていました。ところが、民間委託制度と共にできる取り締まり手続きを管理する新しい事務や経理などに、こうした退職者があたることになるようなのです。つまり、ここでも余計なお金を使うわけであり、官は儲けることができる仕組みです。その財源は、恐らく違法駐車をした人間から巻き上げることでしょう。
 
 これからは、違法駐車と迷惑駐車の区別も付かない人間が取り締まりをすることになりそうです。僕だって迷惑駐車には頭に来ます。しかし、迷惑駐車ではない違法駐車まで取り締まりの対象になってしまうようです。宅配業者が駐めたトラックや、商品を搬入する業者、法律を条文通りに解釈すれば違法駐車です。そうした人々まで取り締まりの対象になりかねないというのです。さらに、バイクまでターゲットにするとか。これに関しては、色々なメディアで様々な人が発言しています。だから、ここで僕が書くまでもないとは思いますが、まったくとんでもない改正です。

2006年05月11日

トヨタからキヤノン

 キヤノンの社長が交代しました。これまでの御手洗氏は経団連の会長に就任するというのは、既報で知っていましたが、トヨタのトップの次はキヤノンのトップ。やはり経団連の舵取りは、勝ち組が行うということでしょう。キヤノンの新社長に就任したのは、内田恒二氏。カメラ開発センター所長などを務めてこられた、技術畑の方。一時落ち込んでいたカメラ事業を開発サイドから復活させた功労者ということです。技術屋さんがトップに座ることができる環境にある会社は強い、そんな印象を持っている僕ですが、ニュースでは御手洗氏が「会社の拡大期には技術屋にまかせたい」という趣旨の発言をされたそうです。
 
 内田氏のコメントにも興味を惹かれました。カメラ事業から始まったキヤノンも、電卓、コピー機、ファクシミリと様々な事業を展開して発展してきたわけですが、その成長過程を「時代にあった新しい技術を取り入れて、その上に複合技術で新しい事業を組み立ててきた」と言われています。そして、こうした手法には技術の目利きが必要とのこと。「既成の会社をM&Aで買ってきて売上を伸ばすのは、事務屋でもできる」と結んでいます。こうした手法は、極めて日本的なものかも知れません。M&Aをただ感情的に否定するような発言はよく耳にしますし、あまり感心できませんが、なぜか内田氏の発言には重みが感じられてしまったのです。デジカメ、特にDSLRでは世界一のメーカーにキヤノンを押し上げた人だけのことはあるということでしょう。

ちょっとまじめに校正の話

 中学校で使用される教科書134点のうち、65点計200箇所以上で誤りがあることが文科省の調査でわかったというニュースがありました。教科書の校正がどのような形で行われているかは、僕は知りません。でも、ちょっぴり不思議な気がしました。なんで、わざわざ文科省が調査をしなければならないのか。これって、教科書を出版する版元が責任を持って行えばいいことです。また、検定を行っている段階で校正はしないのか、という疑問も起こりました。余計な税金使ってない?、そんな気がしたのです。でも、制度やワークフロー、あるいは責任の所在がはっきりとはわからないので、これ以上誰が悪いなどと書くのは止めておきます。
 
 根が編集者ですから、校正はまさに仕事の一部です。少なくとも出版物であるならば、校正が行われずにこの世に出てくるものなどひとつもありません。また、誤字や脱字を正すだけが校正作業と思っている人は意外と多いのですが、目に触れる部分すべてに対して行うのが校正です。広告では制作側が校正するのはもちろん、クライアントのチェックが入ります。クライアントのチェックが入ったからといって、安心してはいけません。独立した宣伝部のような部署があるような場合は、クライアント側にも校正のプロがいると思っていいでしょう。ただ、そのようなクライアントはごく僅かですから、チェックを行うクライアントは校正に関しては素人ということになります。「OK」が出ても気を抜いてはいけません。気を抜くと悲劇が起こります。
 
 しかも多くの場合、それは致命的なものとなります。例えば、価格が違っていたとか、問い合わせの電話番号が間違っていたとか…こんな時、「OKって言ったじゃないか」ってクライアントに責任のひとつ(いや、全部ですね)も押しつけたくなるのですが、よくよく考えると制作側が悪いわけです。そんなわけで、特に広告の仕事では相手の校正能力を見極めるというのも、非常に重要な課題となるわけです。

 さて、校正達成率という言葉があります。つまり、間違いをどこまで正しているかを表す数字です。100%という数字が出て当然のようですが、少なくとも出版物の場合は100%達成は非常に難しいということを残念ながら認めなければなりません。ニュースで俎上に上がった教科書、そして時刻表、地図、辞書などは100%が求められるものです。それでも間違いはあります。商業書、それも趣味書だと95%ぐらいでしょうか。そうそう、このブログの場合は、書いた直後に一回、管理ページにコピーした時に一回、アップした時に実際の画面上で一回。計3回の校正をします。ここで、見つけられなかったものはそれで良しとする、そういう形をとっています。ブログでそれ以上の手間を掛けられないというのが正直のところです。出版にしろ広告にしろ、実際の校正も誰がどの状態で何回読むか、それがワークフローで決められているのが普通です。ここで限りあるとはいえ、どれだけの人手と時間がかけられるかで校正達成率が決まるといってもいいでしょう。それでもミスは残るのです。悲しい現実です。
 
 もちろん、Webの仕事だって校正作業はあります。当然です。その一方で、校正達成率0%というサイトにもよくお目にかかります。校正作業をしたことのあるプロならば、校正をどれだけきちんとやっているかは、ちょっと見ただけですぐにわかってしまいます。0%とはつまり、まともな校正が行われた形跡がまったくないサイトです。個人のブログや趣味のサイト、これは仕方がないことでしょう。書き終えた後、一回も読み返されずにアップされている文章なんて、ホントにゴマンとあります。ところが、厄介なのは明らかにWebデザインのプロが作ったサイトです。クライアント側にも制作側にも校正のプロがいない、それが見え見えのサイトが結構あるのです。そして、こうしたサイトは、時として校正のプロからすると見るに耐えないものになってしまうと言わざるを得ません。これも悲しい現実です。

2006年05月10日

緑のリンゴとかじられたリンゴ

 ちょっとふざけて、グラニースミスアップル(レコードのロゴのこと)をPhotoshopでかじってやろうかと思いました。わざわざ写真撮るのも面倒だし、レコードをスキャナーにかけようとしたのですが、LPだと入らないし無理すると傷つけちゃう。だから、シングル版をスキャンにしたらドーナツの穴を埋めるのが面倒になってしまいました。で、単なるレコードのロゴの写真になってしまいました。
 
 BeatlesのappleとMacのappleがケンカしてました。Macのappleが勝訴しましたが、いやぁ何てったってこのニュースはわかりづらい。いわゆる配信ニュースの翻訳だったためか、文章を軽く読んでいるだけでは、それに至る経緯がわかりづらいのです。一応、僕が読んだ翻訳文はApple CorpsとApple Computerって分けて書いていたのですが、軽く読んでいると「あれっどっち?」って感じです。一応、MacのAppleが勝ったようですが、結果に関してはどうでもいいことなんです。言ってみれば、完全に僕は傍観者。一応Macユーザーですが、正規に発表されたビートルズの楽曲はすべてウチにあります。
 
 だから、思い入れという点ではどちらかに付くなんてことはできません。そう言えば、確かMacのAppleは、オーディオのマッキントッシュ(スペルがわからん)にも結構な銭払ったという話を聞いています。ビートルズに話をもどしましょう。僕はなんとも思ってなかったのですが、全曲揃っているということは、人に言わせりゃ凄いことらしいのです。僕に言わせりゃ、捨てずに取っているだけなんですが。すみません、自慢になっちゃいました。ですが、Appleレコードができる前からの輸入盤が多いので、実はリンゴマークのレコードは数が少ないんですよね。
 
 なんて書きましたが、どうも音楽業界の権利の主張のしかたには疑問を持ちます。アーチストを保護するという御旗のもとで、利益を最大限に追求することしか考えていない、利益というよりも既得権にしがみついているだけ、そう僕は捉えています。その典型がCCCDかも知れません。結局、まともなリスナーが一番ダメージを受け、ターゲットにしたはずの違法コピーにはあまり効果がなく、結果リスナーにそっぽを向かれたわけです。そしたら今度は、iPodに代表される音楽プレーヤーから、寺銭をとろうなんてことを本気で考えていました。まったく頭に来る業界です、僕はもう3年近くになりますが、音楽CD買っていません。というか買う気になりません。

2006年05月06日

こどもの日に考える子供と子ども

 「子供」と書くのはよろしくない。「子ども」と書くべきである。そんな意見があるらしく、「子ども」と表記する媒体が増えているということです。なぜ「子供」がいけないのかというと、「供は従属や隷属を表す文字である。こどもは断じて大人に従属する存在ではない。子供は子どもを差別する表記である」ということらしいのです。何か、とってもバカバカしい意見に思えてしまいます。

 一部の有識者とやらが、差別を理由に特定の人の呼び方を変えてきたのは今に始まったことではありません。国民ほとんどが納得できるものも多いのですが、そこまで必要か?と疑問を感じるものも数多くあります。例えば、昨年の5月1日以降、看護婦という表記は公では使えなくなりました。でも、ほとんどの看護婦さん達は被差別意識はないようです。これは、知り合いの看護婦さんから直接聞いた話です。というわけで、男のナースを看護婦と呼ぶのはまずかろう、だから看護師さ、そう僕は理解しちゃってます。でも、なんで看護師なんだろう。看護士でもいいのに…。ちなみに、航空機に乗るキャビンアテンダントの中にはスチュワーデスと呼ぶと返事してくれない人がいるそうです。
 
 子供の話に戻りましょう。ちょっとネットをさまよって得た情報です。「子ども」派は、前述の差別要素以外にも、学校関係者が「子ども」表記を多用することを自分の意見の正当性を認める要素のひとつとしています。ただ、これはとっても都合のいい意見のようです。つまり、「供」という字は6年生になって習う字。ですから、5年生までは当然子どもを使う。そういう理由だそうです。「子ども」派、ピ〜ンチ。さて、「こども」の語源です。もともと子の複数形を表す言葉だったようです。それが、次第に「大人」と対をなす言葉になってきたというのが大勢を占める説です。「こども」という言葉そのものは、万葉集から使われているのがわかっているようで、「子等」などの文字をあてていたこともあったようです。
 
 さて、「子ども」派はさらに「供」はあくまでも当て字でありその出典や理由が明記されていないから使うべきでない、という論を展開しています。しかし、こうした意味とはかけ離れた当て字を使う言葉はゴマンとあります。ほとんどダジャレで決まった地名も多くあります。言葉は生きています、だから、変化します。以前にこのブログで僕は「言葉は変化する。だから基本的にはおかしな言葉使いや表記を容認する」という趣旨を書きました。しかし、有識者とやらが己の浅はかな考えで言葉をねじ曲げ、それを国民に強制するような動きには抵抗があります。

2006年05月05日

ここ、何処?

 足立区のとある交番に立ち寄りました。
「すみません、ちょっと付近の地図が見たいのですが」
「ハイ、どちらへ行かれるのですか?」と警官。
「それがわからないのです」と僕。
 すみません、すみません、ふざけた答えのようですが、僕はいたってマジメなんです。とはいえ、これじゃ警官にしてみりゃ「なんだこいつ」でしょう。
 
 新しい靴を買いました。慣らしをしたいなぁ、そう思ってたので天気もいいしヒマな今日、ちょっと歩いてみようと思ったのです。基本的に盆暮れ正月GWは、お家でゴロゴロが僕のスタイルです。だって、人手が多いところに好き好んで行く気しないんだもん。で、あんましゴミゴミしない所というわけで、行ったことのなかった荒川の土手沿いを歩くことにしました。地下鉄東西線の南砂町駅から、清砂大橋にでてそこから川沿いを歩きます。当初の予定では、平井大橋まで行って総武線の新小岩駅から帰る算段でした。帰りで錦糸町でちょっと買い物していこう、なんて魂胆でした。風も気持ちよく、いい気分です。平井大橋の下をくぐった時、当たり前のように「もうちょっと行こう」て気分になって、さらに歩きます。京成押上線の鉄橋の近くで以前撮影したのを思い出して、その現場を訪れてみたくなったのです。確か、そこからならすぐに京成に乗れるはずです。何年ぶりかは忘れてしまいましたが、くだんの現場はきれいに整備されていました。ちょっぴり「想ひ出ポロポロ」です。で、まだ歩き足らない気分で、さらに上へと行きます。
 
 こんな調子で結構な距離を歩きました。で、常磐線の鉄橋をくぐる頃、靴ズレを感じ始めました。ここで止めときゃよかったのですが、「こうなりゃ江北橋まで行って王子経由で帰ろう」なんて算段付けちゃいました。江北橋まで行こうと思ったのは、この付近は地理がわからない場所だったからです。で、千住新橋をくぐって土手上で小休止することにしました。でも、これが敗因でした。小休止どころか、30分ほど昼寝。いやぁ、気持ち良かった。でも、再び歩き出そうとすると靴ズレがひどくなっちゃって悲惨なものです。次の西新井橋でギブアップ。昔だったら何がなんでも歩き通しちゃう人間でしたが、軟弱になったものです。
 
 てなわけで、もうこうなったら一歩でも歩く距離を短くしたいわけで、どうやって帰ろうか決めるために交番に駆け込んだわけでした。とっても親切に応対していただきました。一番近い駅までの地図を確かめるとちょっと距離ありそうです。「わぁ遠いなぁ、他にもっと楽にどっかの駅でれませんか?」って聞いたら、怪訝そうな顔をしながら「南砂からここまで歩いて来たんでしょ、それに比べりゃすぐそこですよ。」御説ごもっともでございます。